タワマン節税訴訟最高裁判決について【第1回】 事例の概要

相続税・贈与税の課税価格及び税額を計算する際に基本となる、土地の「評価額」、特に都市部などの「宅地」は国税庁が発表する「路線価」を用いた「路線価方式」によって評価を行うことになっています。

以前に土地の評価方法を解説する文章を作成した時には、「路線価方式」の説明にかなりの文字数を使ったのですが、それは、それだけ「路線価方式」の重要性が高いということを反映してのことでした。

そんな「路線価方式」で「宅地」の評価を行って相続税の申告をした結果、課税当局から納税者の申告は「時価」と著しく乖離していると指摘され、増額更正処分を受けたという事例が、数年前にありました。

納税者側はこの処分を不服として、その違法性を争う訴訟を起こしていたのですが、今年の4月19日に、最終審である最高裁判所の判決が出たことで、納税者側の敗訴が確定しています。

では、「路線価方式」によって算出された金額を「時価」として「宅地」を評価することは、この最高裁判決により意味を喪失したのでしょうか。

私は、そんなことは無いと考えています。 そこで、今回から2回に分けて、この事例の判決の紹介と、その分析を行おうと思います。

<1> 「タワーマンション節税」スキーム

具体的な事実関係を書く前に、前提条件として皆さんに知っておいていただきたいこととして、通称「タワマン節税」と呼ばれる相続税の節税スキームがあります。

「タワマン節税」スキームでは、まず、敷地となる「宅地」の面積に対して分譲される戸数の多いタワーマンションの、眺望が良くて日当たりも良いなどの理由から相対的に売買価格が高くなる高層階の部屋を、手持ちの現金、あるいは金融機関からの借入をする等を行って用意した資金を用いて、相続開始前に取得します。

その状態で、相続が発生したとしましょう。

「建物」の時価評価は、「財産評価基本通達」上、固定資産税評価額で行われることになります。

平成29年度の税制改正により、2018年以後に建設された20階以上のマンションについては高層階の方が高比率で案分されることとなっていますが、基本的に、マンション等の場合は「建物」全体の固定資産税評価額を、各戸に、延べ床面積の比率で案分します。

また、「宅地」についても同様に、全体を評価した後、それぞれの所有割合、敷地権の割合で案分を行います。

仮に、購入した部屋を賃貸の用に供していたとしたら、ここにさらに「借家権割合」や「貸家建付地割合」が反映されますので、評価額はさらに低くなることになります。

一方で、純粋な資産価値としては、投資物件としてのタワーマンション上層階住居は高額なままであり、「路線価方式」による評価との間には大きな差額が生じ、結果として「課税価格」が引き下げられて、納めなければならない相続税額が減少します。

また、借入によって当該物件を購入している場合は、その借入残高の負債は相続財産の「課税価格」計算に際して差し引かれる控除項目となりますから、税額はさらに圧縮されます。

駆け足で説明しましたが、これが、「タワマン節税」スキームのおおまかな内容です。

<2> 本事例の経緯

最高裁まで争われた今回の事例では、被相続人は平成24年6月に亡くなっており、その相続人は配偶者、実子3名、養子1名の計5名でした。

被相続人の相続財産の中には、相続開始の3年半前にあたる平成21年1月に金融機関からの借入等を原資として取得したマンションの一室(以下、不動産① とします)と、相続開始2年半前である平成21年12月に、金融機関からの借入を主たる原資として購入したマンション一室(以下、不動産② とします)が存在します。

より具体的には、不動産① の購入額は8億3,700万円(金融機関からの借入は 6億3,000万円)、不動産② の購入額は5億5,000万円(金融機関からの借入 3億7,800万円、親族からの借入 4,700万円)です。

これ等の2つのマンションはいずれも首都圏の乗降客も多い乗換駅から徒歩圏内の築浅物件であり、判決文に明記はされていませんが、容積率を完全に消化しているという記述と、その室数からして、いわゆるタワーマンションに該当し、資産価値も相当に高いものであると思われます。

なお、被相続人は双方のマンションを自己もしくは親族の居住の為ではなく、賃貸物件として運用する収益物件として購入しています。

その後、被相続人が亡くなり、相続財産の評価額を計算するに際して、相続人等は「財産評価基本通達」にしたがって、建物は「固定資産税評価額」を用い、土地は「路線価方式」を用いて評価を行いました。

この評価には上述の「タワマン節税」スキームの効果が遺憾なく発揮され、結果、不動産① の評価額は 2億円、不動産② の評価額は 1億4,000万円、合計で 5億1,900万円と評価されています。

さらに、負の相続財産として 不動産① 及び 不動産② 購入時の借入金残高も相続税額の計算に含まれたこともあって、この相続により発生する相続税は0円であるとして、その旨の申告を行いました。

一方、申告書の提出を受けた札幌南税務署は平成28年4月に、相続人達の算出した 不動産① と 不動産② の評価額は、実際の「時価」との間に著しい乖離があるものであって、課税の公平という観点から問題であるとして、不動産① と不動産② の「時価」の合計額を 8億8,874万9,000円と評価して、増額更正処分を行いました。

なお、この課税当局の評価は、課税当局から依頼を受けた不動産鑑定士が、不動産産鑑定評価基準によって算出した、鑑定評価額に基づいています。 その結果、相続人等が納付しなければならない相続税は 0円 ではなく 2億4,049万8,600円 となり、この処分を不服とした相続人等は、国税不服審判所への審査請求を経て、処分取り消しを求める訴訟を起こしました。

<3> 事実関係

この事例について考える際に忘れてはいけないこととして、被相続人が 不動産① と 不動産② という2つの収益物件を購入した背景があります。

本事例の第一審である令和元年8月27日の東京地方裁判所判決では、この点について事実関係として以下のように認定しています。

不動産① の購入に際し、銀行の貸し出し稟議書の採上理由欄に「相続対策のため不動産購入を計画。購入資金につき、借入の依頼があったもの。」との記載がある。

不動産② の購入に際しても、「相続対策のため本年1月に630百万円の富裕層ローンを実行し不動産購入。前回と同じく相続税対策を目的として第2期の収益物件購入を計画。購入資金につき、借入の依頼があったもの。」との記載がある。 この点については、文面で残っていることでもあり、原告と被告との間で特に事実関係の争いは起きていません。

<4> 争点

裁判での争点は全部で3点あるのですが、このうち、争点2の「国税庁長官の手続き上の違法の有無」と、争点3の「更正処分等の理由の提示に関する違法の有無」というのは、税務訴訟では定番のものですが、一応これも言っておこうというニュアンスのあるものであって、第一審から最終審まで終始、大した争いにはなっておらず、今回の話にも関係が無いものなので、言及は割愛させていただきます。

重要なのは、相続開始時の「時価」をいかに計算するのかが争われた、争点1です。関連する条文等を確認しておきましょう。

まず、基本事項として、相続財産の評価は相続税法第22条で「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ」ると規定されています。

しかし、土地建物について具体的にどのような評価方法を採るのかは相続税法上、特に規定はされていません。

ここに関し、国税庁長官が国税局や税務署等の下位の各機関に対して出した指示である「財産評価基本通達」に基づいて課税当局側が評価を行っていることは広く認知されており、納税者側の実務的にも、この通達を用いて時価を算出するのが一般的になっています。

今回の事例の 不動産①、不動産② について「財産評価基本通達」に従って評価をする場合は、「土地の評価」について7回に分けてご紹介した記事で説明した、「路線価」を用いることになります。

一方で「財産評価基本通達」には、総則の第6項に、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」という記述が存在します。

この「総則6項」は、つまり、「財産評価基本通達」に従って算出される「時価」が、その財産の実際の売買価格等と比べて大きく異なっているような場合には、「財産評価基本通達」記載以外の方法で「時価」を計算するということを定めているのです。

課税当局は、不動産① と 不動産② について、この「総則6項」に基づいて更正処分を行いました。

それに対して納税者は、「路線価」によって行った自己の評価は、「著しく不適当」なものでは無いとして、課税当局に更正処分の撤回を求めたわけです。

まとめ

以上、具体的な判決の内容を解説する前に知っておいていただきたい、この事例の背景などを今回はご説明しました。 次回はいよいよ、判決の中身の解説に入ります。

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