【第4回】中小企業の事業承継・相続時精算課税での株式引継ぎと株価対策

中小企業の事業承継について、全10回で解説するシリーズ記事の第4回です。今回は第3回に続き、贈与による株式の引継ぎを解説します。

まずは相続時精算課税制度を使った株式の移行についてご紹介します。つぎに自社株式の株価対策についても解説するので、株式移行にともなう税金を減らしたい方はぜひ最後までお読みください。

相続時精算課税制度を使った株式の引継ぎ

事業承継にあたり、暦年課税の贈与制度を活用して、毎年少しずつ株式を移行すれば、節税が可能です。(暦年課税の贈与制度は第3回で解説しています。)ただ、この方法にはデメリットがあります。それは時間がかかることです。企業によっては、時間的余裕がないためにこの方法を使えないケースもあるでしょう。

そこで、暦年課税の贈与が使えない場合に選べる他の方法をご紹介します。それは、特例の「相続時精算課税制度」を利用する方法です。

相続時精算課税制度とは

相続時精算課税制度とは、相続が発生した時に「精算」という形で相続税を課税する、贈与税の特例計算制度です。

別の言い方で説明すると、相続時精算課税制度では、贈与された財産を、暦年課税の贈与税の対象とはみなしません。贈与財産に対して、相続させる財産を事前に相続人等に受け渡したもの、とみなします。

相続時精算課税制度は、相続税相当額を前払いする制度とも言えるでしょう。相続発生時に課税分を精算することを前提に、相続財産を前渡しする制度ということです。相続時精算課税制度の税率は20%。相続前に受け渡された財産に対して税金を前払いします。

もし、贈与した時に特例を使わず暦年課税の贈与税に該当すると、税率は非常に高いです。税率が高い理由には、税務当局の、なるべく生前贈与をさせたくないという意図があると言われています。税額が高いだけでなく、課税価格の増大に応じて、税率も上がっていきます。(超過累進課税)

いっぽう相続時精算課税制度は、日本経済の活性化および消費の拡大のため、平成15年1月1日に創設されました。世代間の財産移転を促進する目的で作られたのです。相続時精算課税制度には、上の世代から下の世代へ相続開始前に財産を受け渡し、子育てや教育費用等にどんどん使ってもらいたいという意図が込められてます。

相続時精算課税制度の活用要件

相続時精算課税制度には利用要件があって、以下のケースに限定されます。

  1. 1.贈与した者がその年の1月1日に60歳以上であること
  2. 2.贈与を受けた者が贈与した者の子供または孫で20歳以上であること

上記要件を満たし、なおかつ贈与税の申告期限までに税務署に相続時精算課税制度の利用を届け出なくてはなりません。

また、いったん相続時精算課税制度を選択すると、対象の贈与者(特定贈与者という)からその後に受け取る贈与財産全てについて、この規定の適用を受けることになります。

相続時精算課税制度の注意点

相続時精算課税制度の注意点は、いったん使いはじめるともう他の方法には戻れないことです。相続時精算課税制度の適用を一回でも受けると、あとから適用をとりやめて暦年課税の贈与税に戻すことはできません。

つまり、ある年に所有する自社株式を相続時精算課税制度を使って贈与すると、もう翌年以降は、110万円以下の贈与で使える基礎控除110万円の適用は受けられないのです。翌年以降に預金などの株式以外の財産を贈与すると、それに対しても相続時精算課税制度が適用されるようになります。

相続時精算課税制度の課税方式は、他の贈与税とは異なります。理由は、相続時精算課税制度が相続税の前払いの意味を持つからです。政策的な意図を持つ税金であるため、相続時精算課税では課税対象価額から差し引ける控除額が2,500万円と高額になっています。この金額は、暦年課税の110万円よりもずっと多いです。

ただここで注意すべきなのは「2,500万円の控除」は毎年は受けられないということです。

2,500万円の控除は、ある特定贈与者から受贈者が受けとる贈与の一生分に相当します。つまり特定贈与者AさんからBさんへの複数年に渡る贈与の累計が2,500万円までは控除できる、という意味です。

もし、前年以前に特別控除の適用を受けているなら、2,500万円から適用済みの金額を差し引いて残った額がその年以降の特別控除限度額となります。

相続時精算課税制度は、もともと相続時に精算されることを前提にした制度です。相続税の課税価格を計算する際「暦年課税」のように、相続開始前3年間といった期間の限定はされません。相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産の全てが、相続税の課税価格に加算されます。

相続時精算課税制度のもう一つのメリット

相続時精算課税制度のもう1つのメリットは、課税する財産価額として贈与時の時価を使えることにあります。相続発生時ではなく

業績好調で毎年株式評価額が上昇するような優良会社の場合、過去に株式を贈与した頃の時価は、時間が経って相続が発生する時の時価より低いものです。こうした会社が、相続時精算課税制度を使えば、まだ株価が低かった頃の時価で相続税を計算できます。ということは相続税が減らせるわけです。これは大きな魅力ですよね。

相続時精算課税制度のデメリット

しかし相続時精算課税制度にはデメリットもあります。もし何らかの原因で急激に株価が下落し、その状態で相続を迎えると、下落前の高い評価額で相続税計算をしなくてはならないことです。

相続時精算課税制度は、以下の特徴を持ちます。

  • ●相続時精算課税制度は1度選択したら撤回できない
  • ●相続発生時に全額が相続財産に加算されて相続税が計算される

という特徴を持ちます。

2,500万円の特別控除額だけに注目して、安易に相続時精算課税制度の適用を受けるのは、リスクをともなう選択とも言えます。

したがって相続時精算課税制度を選ぶ前に、次のことを充分考慮してから決断しましょう。

  • ●現経営者が亡くなったときの相続税概算
  • ●自社株式以外に後継者候補が引継ぐ資産リスト

考えられる事情を総合的に検討し、相続時精算課税制度が有利と判断できたうえで利用することをおすすめします。

自社株式の株価対策

自社株式の時価が高いと贈与税も高いです。第3回記事で解説した暦年課税でも今回の相続時精算課税制度でもその点は同じです。

ということは、税金対策のために何らかの方法で自社株式の価格を引き下げたくなりますよね。次からは自社株式の株価対策について解説します。

非上場株式の評価方法

同族株主が保有する非上場株式は以下の方式で評価します。

  • ●純資産価額方式
  • ●類似業種批准方式
  • ●併用方式

詳しくは、事業承継記事【第2回】非上場株式の時価評価をご参照ください。

株式の評価額を引き下げる方法

株式の評価額を引き下げるには、株式の評価に使う要素に変更を加えねばなりません。それには以下2つの手段があります。

  • ●自社の業績を下げる
  • ●純資産の部を圧縮させる

上記の具体的な実行方法はインターネットなどで検索すると見つかります。ただインターネットで見つかる情報には、法改正で有効性が減ったものや効果が低いものも混じっており、注意が必要です。ネット情報を参考にするなら、信頼できる専門家が書く情報だけにしましょう。

つづいてご紹介するのは、当事務所の税理士が、株式評価額の引き下げに有効と考えている方法です。2点ご紹介します。

引き下げ方法1 役員退職金の利用

株式の評価額を引き下げる方法の1つに、役員退職金の利用があります。その流れを解説します。

役員退職金利用の流れ

1.交代した代表取締役に支給した役員退職金分の損金が増える
2.損金が増えた事業年度の利益は減少する
3.利益が減ると1株当たり利益が下がる
4.1株当たり利益が下がると類似業種批准方式での自社株式評価額が減額される

以上の仕組みにより、役員退職金を支給すると株式評価額を減額することができます。

再度解説しますと、役員退職金を支給すると支給した分の現預金すなわち資産が減ります。純資産価額方式では、総資産と総負債の差額で株式の評価額を計算するので、資産が減った分だけ評価額も減額されるというわけです。

ここで1つの疑問が出てくるかと思います。それは「役員退職金をどれくらい支給すればよいのか」ということです。

適性な役員退職金の算出方法

過大な役員退職金を支給していると税務当局からみなされると、「過大」とみなされた分を損金に組み入れることができません。すると法人税の計算で不利になり、税金が増えてしまいます。

参考:税法上適正な役員退職金(と言われている金額)

役員報酬の最終月額×勤続年数×3(功績倍率)

上記のように役員退職金として参考にできる「適正金額」があります。この金額を超える退職金は避けた方が無難といえます。ただし法律で明確に規定されてはいないので、割り引いて考えねばなりません。

また退職直前に役員報酬の大幅な引き上げがあった場合も否認される可能性が高くなります。功績倍率が3までなら税務当局は問題視しないと言う人もいるのですが、絶対ではありません。参考程度に聞いてください。特に分掌変更に伴う役員退職金の支給では、役員退職金の支給そのものが否認されることもあります。

引き下げ方法2 保有資産の含み損を活用

株価引き下げのための他の方法として、保有資産の含み損を活用する方法があります。保有資産の含み損活用とは、会社が保有する不動産や株式等に大量の含み損があるときに使える方法です。実行するには、含み損を抱える不動産や株式等の資産を売却して損を確定します。

この方法を使えば、損失の計上と資産の減少という役員退職金の支給と同様の株価引き下げ効果が見込めます。

株価対策の注意点

株価対策の注意点について解説します。調べれば、自社株式の評価額を引き下げる対策として様々な情報がネットや書籍に記載されています。しかし注意して欲しいのは、ネットや書籍で得たノウハウはを自分だけの判断で実行するのは危険だということです。

というのは、非上場株式の評価額を引き下げる方法としてよく知れれる手段に、全ての会社に当てはまる方法はないからです。株価対策のうち、どれを選ぶのか、どのくらいの規模で行うのかといったことは、各社の事情に応じて慎重に判断すべきことと言えます。

有象無象の情報の中から、結果として意味のない対策や過度の対策を行った結果、財務や業績に悪影響が出ることもあり得ます。

自社株式の株価対策では、適切な対策をふさわしいボリュームで実行するようにしてください。

よかれと思って実行したことが結果的に悪影響を及ぼさないよう、ぜひ対策実施前に専門家にご相談ください。特に税理士、会計士など、信頼できる税金や財務の専門家からアドバイスを聞いて対策することを強くおすすめします。

まとめ

株式非公開の同族会社である中小株式会社の事業承継では、自社株式をどのように引き継ぐかが最大の課題です。一般的な対策として暦年課税の贈与税に設けられた110万円の基礎控除額を利用し複数年に分けて自社株式を移動することがあります。

ただし業績好調な会社の場合は株式評価額が高くなります。このため110万円の枠内で贈与すると何年もかかってしまい、使用に向いていません。

他には相続時精算課税制度を活用する方法があります。相続時精算課税制度では、贈与された財産に対して特定贈与者ごとに累計で2,500万円までの特別控除額が認められます。2,500万円を超えて贈与した場合は、超過分に一律20%の贈与税が課される仕組みです。

いずれの場合も計算の基礎にするのは自社株式の評価額。株式評価額がポイントになるため、自社株式の評価額を引き下げる対策が必要になってきます。引き下げの方法はいろいろなものが存在しており、インターネットや書籍で調べることができます。

しかしどの対策をどう使うのがいいかは、会社や現経営者と後継者候補との関係など、各社の事情により千差万別です。全ての会社にあてはまる正解はありません。

・必要な対策を必要な規模で行うこと
・不必要な対策や必要以上の対策は行わない

上記の注意点を忘れずに、株式評価額の引き下げに取り組んでみてください。ただし過剰な引き下げ対策は失敗することもありかえって害です。自己流で株式の評価額対策をする前に必ず税理士などの専門家に相談してください。あとで困らないために強くおすすめします。

次回第5回以降は、円滑な事業承継を行うために利用可能な税法の特例制度について解説します。

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