【第8回】中小企業の事業承継・民事信託を利用した株式引き継ぎ(1)自己信託のメリット・デメリット
この記事は、中小企業の事業承継で使える有利な税制についてお伝えするシリーズ記事の【第8回】です。【第8回】は、非上場の中小企業法人が「事業承継で民事信託を利用する方法」を解説します。非上場同族会社を経営されている方はぜひご一読ください。
あまり知られていませんが、民事信託、特に家族信託は事業承継対策に活用できます。資産家の相続対策で語られることの多い民事信託ですが、実は経営する会社株式の引き継ぎにも使えますし、使うとメリットがあるのです。
中小企業の事業承継シリーズの第8回から第10回は「民事信託を活用した株式の引継ぎ」について解説します。全て読めば、中小企業における株式の引き継ぎの専門知識が身につきます。小さな会社の経営に関わる方は必読です。前回、第7回の記事はこちらから読めます。
1.信託法改正が転機
平成18年12月の信託法改正により、信託を扱える事業者が増えました。改正前は、信託業を扱えるのは信託を兼ねる金融機関だけでした。しかし改正により、事業会社も信託業を営めるようになったのです。その結果、活用スキームの幅が広がりました。
【改正信託法における改正点】
受託可能財産の制限が撤廃され、特許権や著作権などの知的財産権についても受託することが可能となりました。また、これまで金融機関に限定されていた信託業の担い手が拡大され、金融機関以外の方も信託業に参入することが可能となっています。
出典引用:金融庁ホームページ
2.事業承継向け信託スキームが新登場
信託法の改正を機に「信託を活用した財産・事業の承継」スキームが組めるるようになりました。
信託利用の財産・事業承継スキームは各方面からの注目を集めています。その証拠に大型書店のビジネス本コーナーに行ってみてください。事業承継スキーム関連の本が数多く並んでいます。
3.信託とは
はじめに信託の定義を解説します。
【信託の定義】
自分の大切な財産を、信頼する人に託し、大切な人あるいは自分のために管理・運用してもらう制度」と信託を定義しています。
出典引用:一般社団法人信託協会
信託は自分の財産を預けて自分の代わりに管理・運用してもらう制度です。
所有財産を信頼できる相手に委託し、指定目的にしたがって管理・運用する信託は、以下の3者間で行われる取引です。
・財産を預ける「委託者」
・預かった信託財産を管理・運用する「受託者」
・信託財産から生じる利益が帰属する「受益者」
4.信託の要点
信託の要点は2つあります。信託開始時に下記の要点を決めて契約します。
・どんな財産を信託するのか
・財産をどう運用するか
5.信託財産にまつわる権利
また信託財産にまつわる権利についても、契約前に決めておくべきです。信託財産にまつわる権利には、以下の2つがあります。
【信託財産にまつわる権利】
(1)信託財産の管理や処分ができる権利)
(2)信託財産から生じる経済的利益を受けとる権利
(1)の信託財産の管理・処分の権利は、信託財産の管理・運用を委託された受託者が持ちます。この信託財産の管理・処分の権利を持つ人を信託財産の名義人と呼びます。
(2)の信託財産から生じる経済的利益を受けとる権利は、信託で生じる利益を受け取る受益者が持ちます。この権利を信託受益権と呼びます。
このように信託の特徴は、財産に関係する権利が分割されることにあります。
6.信託の種類
信託には以下の2種類があります。
6-1.信託の種類1 商事信託
信託2種類のうち1つは商事信託です。商事信託とは、内閣総理大臣から認可されて信託営業の免許を持つ以下の業者が受託する信託のことです。
・信託銀行
・不動産信託会社
商事信託は営利目的の信託で、不特定多数の委託者から反復継続して受託します。
6-2.信託の種類2 民事信託
もう1つの信託の種類は、民事信託です。民事信託とは、「業」としては行われていない、営利目的でない信託のことです。事業承継で使う信託のポイントはこの民事信託の活用にあります。
7.信託の形式
信託業者以外も実践できる民事信託ですが、信託の形式によっては、許可されないものがあります。そこで認められる信託と認められない信託の違いを解説します。
7-1.認められない民事信託形式:三者同一信託
委託者・受託者・受益者の三者が全て同一の信託形式は認められません。
三者が全て同一とは、自分の財産の管理・運用を自分自身に委託し、発生した利益は自分が受け取る、という形です。これでは、ただの自分による自分の資産の運用です。
【認められない信託の形】
・受託者が受益者を兼任
・自分自身の利益を図る目的で信託財産の管理運用を行う
(信託法第2条に規定あり)
7-2.認められる民事信託形式1:自益信託
認可される信託の形式は、2つあります。1つは自益信託です。委託者と受益者が同一人物である信託を自益信託と言います。
以下は自益信託の例です。
自益信託事例
自分は賃貸用不動産を所有している
↓
高齢化により管理能力に衰えを感じ始めた
↓
不動産の管理業務を息子に委託する
↓
不動産管理で生じる利益(家賃収入)は自分が受け取る
この例では
・委託者と受益者は不動産の所有者
・受託者が所有者の息子
という形の自益信託になります。
このように家族間で行われる信託は、家族信託と呼ばれます。
7-2.認められる民事信託形式2:自己信託
信託として認められるもう1つの形が、自己信託です。自己信託とは、下記役割を務める人が同一の信託のことです。
【自己信託の条件は下記2者が別であること】
・財産の管理・運用を委託する人
・委託される人
自己信託では、委託者と受託者は同じ。しかし、委託者と受益者は別となります。したがって、自己信託は他益信託ということになります。
以下は自己信託の例です。
自己信託事例
会社の現時点の業績がよくない
↓
今後は業績の回復が見込まれる
↓
委託者(現経営者)は経営権を後継者に今は移行したくない
↓
自社株式を業績が悪く株価が低いうちに後継者へ移行したい
このように、一時的な業績低迷および株価の安さを逆手にとった株式承継を計画するならば、自己信託を使うメリットがあります。
つづいて、それぞれの信託利用例を、もっと詳しく具体的に解説します。
8.自己信託での事業承継事例の解説
委託者=受託者となる、自己信託を使った事業承継のを、ある会社の事例で解説します。
8-1.会社の現状の把握
株式会社X社(非上場の同族会社)は、かつて業績がふるわず低迷していた時期がありました。しかし最近は回復傾向にあり、将来の業績も上昇する見込みがあります。
8-2.経営者の希望の把握
X社経営者のA社長は、後継者として長男Bさんに会社を継がせたいです。しかしBさんはX社に勤めだして日が浅い。したがって、現時点で会社の議決権までBさんに移転するには不安が残ります。
8-3.会社の業績を予想する
X社の業績は、今後伸び続けることが見込まれています。ということは、財産評価基本通達に基づいて算出される自社株式評価額も、上がっていくわけです。
A社長が所有するX社株式の評価額が低いうちに、Bさんへの移動を済ませた方がよいことは間違いありません。
8-4.業績予想の上で現社長の希望を把握
A社長は現時点では経験不足のBさんに、議決権を移して会社の経営を任せたくはないです。
8-5.具体策:民事信託を使って株式を移動
そこでA社長は、信託財産の所有権と信託受益権を分離できる民事信託を利用することにしました。
具体的には、委託者と受託者をA社長にし、受益者をBさんとする家族信託を設定したのです。
信託期間は10年、信託が終了した時の残余財産帰属権利者はBさんを指定しました。このとき信託にかかる課税については、次回第9回の記事で説明いたします。
この方法で、議決権をA社長に残したまま、Bさんへの株式の移動が実現できました。次章で、さらに詳しく解説します。
9.自己信託のメリット
上記事例で実行手順を解説した「自己信託による事業承継のメリット」を、深堀り解説します。
9-1.議決権を残したまま株式移動できる
自己信託による事業承継により、株式の所有と利益は以下の状態になります。
・A社長がX社株式を所有
・X社株式による利益はBさんが受け取る
言い換えると、信託財産となったX社株式は、A社長からBさんへ贈与されたのと同じ状態になっています。つまり評価額が低い時点で株式が移動できました。
ここで信託の定義を振り返ってみましょう。
【信託の定義】
信託財産の所有者=財産を委託され管理・運用を行う受託者
定義によれば、信託財産の所有者は、財産を運用する受託者です。会社経営における財産は議決権。事例のケースでの議決権の管理者は以下となっています。
【事例のケースの議決権の管理者】
・議決権を委託され管理運用する人=受託者=A社長
つまり議決権の所有者はA社長で、議決権の行使ができる人はA社長ということになります。
目指していた以下の状態が実現できました。
・株式はBさんに移動
・議決権はA社長が所有
つづいて信託終了時に所有者が変わる点について解説します。
9-2.自己信託終了時の所有者変更が非課税でできる
信託開始から、10年程度経過すると、そろそろ信託が終了する頃合いです。事例のケースでは、信託が終了すると、信託財産のX社株式は受益者であるBさんの所有に変わります。
Bさんへの株式の贈与は、過去の信託効力発生時に済んでいます。したがって、信託終了のタイミングでは、新たな贈与は発生しません。つまり贈与が発生しないので贈与税もかからないということになります。
9-3.信託中の後継者変更も自己信託ならスムーズ
自己信託であれば、信託期間中に後継者を変更することになった場合も、手続きがかんたんです。たとえば信託期間中に次のようなことが起きたとします。
【信託期間中に起きうるアクシデント】
・後継者をBさんから次男のCさんに変えたくなった
・後継者Bさんが不慮の事故等で怪我をした
・後継者Bさんが亡くなった
こうした場合も、自己信託なら受益者の変更で対応できます。
信託期間中に受益者を変更したいなら、あらかじめ信託に「受益者の変更ができる」旨を定めておけばよいのです。
途中で受益者を変更しても、信託開始時に実行したA社長からBさんへの株式の贈与は有効なままです。
つまり受益者をBさんからCさんに変更した時点で、Bさんに贈与された株式は、BさんからCさんに贈与されたことになります。
10.自己信託のデメリット
メリットの多い自己信託を利用した事業承継ですが、デメリットもあります。
10-1.自己信託におけるデッドロック問題
自己信託による事業承継で問題となるのは「デッドロック」の問題です。デッドロックとは、受託者が議決権を保有したまま管理責任能力を失った状態のことです。
たとえば、以下のようなデッドロック発生の事例が考えられます。
受託者のA社長が認知症を発症し、考えたり判断したりできなくなった
認知症を発症し責任能力がないとされた者は、議決権の行使ができません。この結果、A社長の所有する財産の管理や処分が凍結されてしまいます。
こうした受託者の認知能力の喪失により、受託者が保有する会社株式が凍結される問題がひんぱんに発生しています。
もしA社長が会社株式を100%保有していたとすると、議決が完全に止まります。A社長を取締役や代表取締役から解任する決議もできません。
こうした状態を「デッドロック」と呼ぶのです。
10-2.デッドロック時の対策
デッドロックが起きた場合は、家庭裁判所に行き選任申し立てを行って、A社長に成年後見人を立てます。
ただ成年後見人の選任から、後継者となる次の代表取締役を決めるまでに、数ヶ月程度が必要です。
まとめ
自己信託を活用した事業承継について解説しました。自己信託を活用した株式の生前贈与は、非常にメリットの大きい方法です。相続税対策の面もあります。
反面、自己信託にはデメリットとリスクもあります。問題は、認知症などの病気で受託者の責任能力が失われ、デッドロックとなることです。
記事本文ではデッドロックが発生した場合の対策も解説していますので、参考にしてもらえれば嬉しいです。
次回の【第9回】は、今回ご紹介した自己信託の課税と自益信託についてお話します。ぜひ続けてお読みください。
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