【第9回】中小企業の事業承継・民事信託の利用(2) 課税と自益信託のメリット・デメリット

事業承継

中小企業の事業承継を解説するシリーズの第9回です。今回は、民事信託を利用した事業承継の課税について解説します。(事業承継の信託の記事は、全部で3本あります。【第8回】【第10回】記事を見る方はこちらからどうぞ)

さて、民事信託には

・自己信託
・自益信託

の2つがあります。

このうち自己信託のメリット・デメリットについては第8回で解説しました。今回は2つの民事信託の課税と、自益信託のメリット・デメリットを解説します。

1.信託の課税概要

はじめに信託の課税の基本を確認します。信託での課税ですが、税金は財産の所有者に対してかかります。

信託が設定されて効力が発生すると、信託財産の所有権が変わります。所有者が、信託財産の委託者から管理運用を行う受託者に移動するわけです。

もし信託財産が不動産ならば、委託者から受託者へ不動産の所有権移転登記が行われます。登記上の所有者も受託者になります。

しかし税法上は、不動産登記とは異なるルールが適用されます。税金の考え方では、信託財産から生じる利益を受け取る受益者が信託財産を所有するとみなします。したがって課税は受益者に対して行われるのです。

信託で受益者に課税することを「受益者課税の原則」と呼びます。委託者は信託財産を贈与した側なので、所得税や贈与税は課税されません。

つぎの章では、自己信託の課税について解説します。

2.自己信託の課税解説

自己信託の課税を解説します。(自己信託とは「委託者=受託者」の信託)
具体的に状況が思い浮かべられるよう事例を使います。

<登場人物>
・X社のA社長
・後継者は長男のBさん

<状況>
・A社長はいずれはBさんに会社を継がせたい
・しかしまだまだBさんは経験不足
・今の段階で議決権までBさんに移転すると不安‥

以上の状況で、自己信託を選択したケースにおける、課税の流れを解説します。

2-1.自己信託で課税されるタイミング

まずは、自己信託において、どの段階で課税されるのか?を解説します。

結論から言うと、信託の効力が生まれた時点で課税されます。

信託の効力が生まれるのは、Bさんが「信託に関する権利」をA社長から贈与された時です。この時点で贈与税が課税されます。

法律では、効力の発生について、条文で以下のように規定しています。

信託(退職年金の支給を目的とする信託その他の信託で政令で定めるものを除く。以下同じ。)の効力が生じた場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者をいう。以下この節において同じ。)となる者があるときは、当該信託の効力が生じた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の委託者から贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

出典引用:相続税法第9条の2第1項

課税される金額についてですが、信託の効力が発生した時点の時価で信託財産X社の株式額が評価されます。よって、株式の評価額が、課税計算の元になります。

2-2.自己信託の配当と課税

所有する株式に配当がついた場合は課税対象です。この章では自己信託における配当と税金について解説します。

X社が株主に配当を出すと、株式の受益者である後継者Bさんにも配当がつきます。配当は所得となり、その年の課税の対象となります。

以下、根拠となる法律の条文をご覧ください。

信託の受益者(受益者としての権利を現に有するものに限る。)は当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして、この法律の規定を適用する。

出典引用:所得税法第13条第1項

2-3.受益者変更の規定

信託期間の途中で受益者が変更される場合もあります。変更については、以下のとおり法律で規定されています。

受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該信託の受益者等が存するに至つた場合(第四項の規定の適用がある場合を除く。)には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して受益者等が存するに至つた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

出典引用:相続税法第9条の2第2項

もし信託の受益者がAさんからBさんに変更されると、Bさんに「信託に関する権利」すなわち信託財産であるX社株式の贈与が行われたと見なされます。

Bさんが払う贈与税計算の元になるのはX社株式の評価額です。評価価額は、Aさんへの信託受益が発生した時点ではなく、Bさんが受益者となった時点のものが使われます。

2-4.信託終了時の規定

続いて信託期間が終了した場合を解説します。信託期間の終了については以下の規定されています。

受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは、

〜中略〜

当該信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

出典引用:相続税法第9条の2第4項
(※本記事執筆時に中略)

規定では、信託期間終了後、それまでの信託受益者以外の人物が財産を引き継ぐことを想定しています。

権利の発生日については、信託の終了時には、新たに権利を得たとはみなされません。それ以前の日時に信託財産の贈与を受けたとみなされます。この判断に従えば、信託終了時に新たな課税が発生することはないということです。

2-5.自己信託の課税まとめ

自己信託の課税については、以上で終了です。自己信託の課税をまとめます。

2-5-1.いつ課税が発生するのか

自己信託では、信託の効力発生時または受益者の変更があった時点に贈与が行われたとされます。

2-5-2.課税はいくらか

贈与財産が株式であれば、信託の効力発生時または受益者変更時の時価に対して、贈与税が課税されます。

2-5-3.配当にも課税される

信託期間中に発生した配当金の受益者に対して所得税が課税されます。

2-5-4.信託終了時受益者には課税されない

信託終了時には、受益者に対する課税は発生しません。

2-5-5.委託者と受託者には課税されない

委託者と受託者に対してはどの時点においても課税は発生しません。事例のA社長は委託者兼受託者なので課税されない、ということです。

3.自益信託の課税

つづいて自益信託の課税を事例を使って解説します。自益信託とは、信託財産の委託者と信託財産から利益を受け取る受託者が同一の信託です。

自益信託の課税事例を解説

自益信託の課税について、事例を使って解説します。はじめに登場人物と状況をご紹介します。

<登場人物>
・株式非公開の同族会社「株式会社Y社」のD社長
・後継者である息子のEさん

<状況>
・D社長は会社経営から完全に身を退きたい
・D社長は実権を後継者である息子のEさんに譲りたい
・譲りたい実権は以下のとおり
   -議決権
   -会社の経営
   -人事権等
・D社長はEさんの経営者の適性に若干の不安を感じている
・D社長は自身の老後の生活費の一部として配当を受け取りたい

元経営者であるD社長の思いは

①株式を移動して
②事業を後継者に引継ぎ
③配当は自分が得たい

です。

この状況でD社長がとった選択は、贈与や譲渡による株式の移動ではありません。株式を移動する代わりに、民事信託の利用を選んだのです。民事信託を利用すると、信託財産の所有権と信託受益権を分離することができます。

具体的には、D社長は以下のように家族信託を設定しました。

【D社長が設定した家族信託詳細】

・Y社株式を信託財産とする
・D社長を委託者と受益者にする
・受託者を息子Eさんにする

上記の設定であれば会社株式の信託受益権はD社長が持ちます。しかし株式の所有名義と議決権はEさんに移動します。

この段階で、D社長に会社経営への「指図権」を設定することも可能です。(指図権については、次項で解説します。)

3-2.自益信託の指図権とは

「指図権」は事業承継の信託でよく設定される権利です。指図権があれば、受託者が実行する信託財産の管理・運用・処分について、一定範囲の指図する権利を持ちます。(こうした指図券を持つ人のことを「指図権者」と呼びます。)

3-3.指図権の法律の規定

指図権の範囲については法律で定められています。ただ、民事信託の場合の指図権の責任や権限の範囲への言及は十分ではありません。

たとえば商事信託を執り行う信託会社等については、「信託業法」で責任や権限が規定されています。(関係する法律:信託業法第65条と第66条)

しかし民事信託を含む信託全般については、そうした規定が明記されていないのです。(関係する法律:信託法)そのため、今回事例として挙げたケースでの指図権も、どこまで設定してよいのか?といった問題に、明確に答えてくれる法律がないということになります。(記事執筆の2020年時点では)

3-4.指図権と課税の問題

前章で説明したとおり、民事信託における指図権には法的根拠となる条文がありません。このため、課税において税務当局と納税者の見解が相違する可能性があります。

あまりにも強大な指図権を設定すると「受託者であるEさんの存在意義がないのでは?」と、税務当局が考えるかもしれません。信託の実効性についても疑問を持たれるかもしれません。さらに、税金の申告内容にも疑いを持つかもしれません。こうしたことを考慮すると、あまりにも強力な指図権の設定は避けるべきです。

以上に気をつけて信託を設定すれば、D社長による一定程度のコントロールを残した形で、Eさんに経営実権を移行することが可能です。

3-5.自益信託で相続が発生したとき

こうして設定した自益信託中に、委託者兼受益者であるD社長が亡くなれば、そこで発生するのが相続です。相続発生後はD社長所有の「信託受益権」は相続財産になります。

相続財産の信託受益権を引き継ぐのがEさんだとすれば、Eさんは信託の以下3つの役割をすべて引き継ぐことになるでしょう。

・委託者
・受託者
・受益者

Eさんがすべての役割を引き継げば、会社株式の「法的な所有」と「信託受益権」は両方ともEさんに帰属します。これで株の譲渡が完全に完了し、信託は終了です。信託終了後はEさんがオーナー株主になり、名実ともに会社経営をスタートできるわけです。

4.自益信託のメリット

つづいて自益信託のメリットを解説します。

4-1.メリット1 自益信託なら途中解約も容易

自益信託のメリットの1つは、途中解約が簡単にできることです。たとえば自益信託設定後に、Eさんが経営者として不適切と判断されたとします。こんな場合には、途中解約することもできます。

要は、委託者兼受益者のD社長の意思で、信託を終了(解約)することができる、というわけです。

4-2.メリット2 自益信託は終了もスムーズ

自益信託のメリットの2つめは、「終了もスムーズ」ということです。なぜスムーズに終了できるかというと、委託者と受益者の合意成立が容易だからです。

根拠の法律として、信託法第164条第1項に以下の規定があります。

「委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。」

出典引用:信託法第164条第1項

自益信託では、委託者兼受益者であるD社長が「この信託を終了させる」と決めれば、委託者と受益者の合意が成立するわけです。合意が成立すれば、信託を終了できます。

【参考】自己信託の信託終了要件

自己信託では、委託者と受益者は別の人物になります。このため事例のA社長が「信託を終了させたい」と考えても、受益者であるBさんの合意がないと信託を終了できません。

4-3.メリット3 自益信託はデッドロックが発生しない

3つめのメリットは、自益信託ではデッドロックが発生しないことにあります。(デッドロックについては第8回記事をお読みください)

自益信託では議決権が後継者であるEさんに移動します。したがって、もしD社長が認知症を発症したとしても、議決権は凍結されません。よって「デッドロック」も発生しないのです。

5.自益信託のデメリット

メリットの多い自益信託ですが、デメリットもあります。

自益信託では、自己信託のように「自社株式の評価額が低いうちに後継者に信託受益権を贈与する」ことはできません。つまり自益信託は相続税対策の生前贈与には使えないのです。ただデメリットと言えるのはこの点くらいです。総合的に見て自益信託のメリットは多いと言えます。

6.自益信託の課税

自益信託の課税は、原則的には自己信託と同じです。信託では発生する利益の受益者が課税対象者です。そして信託受益権の移動があれば、そこで贈与や相続があったと考えます。この考え方が、すべての信託での課税の基となります。以上の原則をふまえて、自益信託の各段階での課税を見てみましょう。

6-1.信託設定時の課税

まずはじめに、信託が設定された時点の税金を見てみます。

自益信託では、信託財産のもとの所有者である委託者と、信託財産から発生する利益を受け取る受益者が同じです。つまり、自益信託の設定時点では信託受益権の移動はありません。したがって、信託が設定された時点での贈与税は発生しません。

6-2.信託実行中の課税

つぎに信託実行中の税金を見てみましょう。

信託実行中に信託財産であるY社株式から発生する主な利益は配当です。配当を受け取るのは受益者であるD社長です。したがってD社長は、得た収益に対する所得税を納めねばなりません。

とはいえ、D社長は信託が始まる前も、Y社株式の配当に対して所得税を納めています。つまり、受益者D社長が払う税金は、信託成立の前後でそれほど大きな変化はないということになります。

6-3.委託者が死亡したときの課税

信託の委託者が死亡した場合は、課税の形が変わります。なぜなら、信託の委託者であるD社長が亡くなったとき、信託財産であるY社株式は、相続財産の1つとなるからです。相続財産に課せられる税金は相続税になります。

相続財産のY社株式は、社長の息子のEさんか、社長の配偶者が取得するケースが多いです。いずれにせよ、D社長死亡で始まった相続で、Y社株式を取得した方に課せられる税金は相続税になります。

7.まとめ

最後までお読みいただきありがとうございます。中小企業の事業承継シリーズ第9回の今回は、2つの民事信託の課税について解説しました。また民事信託の1つである自益信託のメリット・デメリットについてもご紹介しております。事業承継で民事信託の活用をお考えの方に役立てていただければ幸いです。

次回【第10回】は、事業承継に民事信託を利用するときの注意点を解説します。

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